2011年6月5日日曜日

絆。。。。

心に響く、残る、そして重い一週間が、終わった。

5月25日(水)。。この地を選び、この地で、山のガイドとして生きて行こうと、志していた、33歳の日本人青年が、アラスカで、山の事故により、その尊い命を落とされた。。。という報道が、NHKでも、地元NEWSでも、あちこちで、世に流れ出た。

初めて、そのNEWSを、目にしたときは、体が凍りついた。

小さな町。みんなが、みんなを、なんらかの形では、知っていたり、つながっている。。。

私が娘を産むまで、働いていた、ガイド会社の後輩の、Jちゃんの、旦那様。。だった。

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Jちゃんと、私は、同時期には、ガイドはしていないものの、センターの、学生プログラムを何度も手伝ってくれて、関わりが、色々、そして、何度かあった。 妹分の、仲ちゃんの、近しい後輩でもあった。そして、最近は、センターのキッチンで、お仕事を始めていて、本格的に、同僚に、なっていた。

お亡くなりになった、旦那様のJくんも、バンフセンターの、クライミングウォールでも、パートタイムながら、お仕事をされていて、やっぱり、会社の同僚でも、あった。。。。。去年の12月の、センター最後の日本からの、学生スキー研修の、助っ人も影ながらしてくれていた。ランチタイムに、社員食堂で、クライミングウォールの仲間の人とランチしているのを、見かけることもあった。

当然、私の周りには、彼、そして、Jちゃんと、私よりも、ずっとずっ~~と、関わりの深い人が、沢山、沢山いた。

そんな、沢山の人たちの心が、大きなショックと、大きな悲しみと、大きな闇に溢れ、飲まれた。。

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彼が、本業として、所属していた、山専門の会社、Yamnuska Mountain Tours の人達が、メモリアルサービスを、企画しようとしていた。

それと同時に、センターの、エグゼクティブシェフ (今のJちゃんの直属上司)が、Jくんの、メモリアルサービスを、バンフセンターの場所を提供させてもらって、するのはどうだろう。。。と、言い出してくれた。

その話をシェフから聞いた、やっぱり、Food and Beverage部門で、働く、Kさんが、センターと、YMTの間に入ってくれて、話を進められる可能性はあるかも。。。。って所に、金曜日には、こぎつけていた。

YMTさんに、センター側の、オファーをまとめて、連絡させて頂いて、話が本決まりになったのが、週明けの5月30日、月曜日だった。すぐさま、Nさんと、Jちゃんの友人のMさんが、会場の下見と打ち合わせに、駆けつけてくれた。

センターは、この町では、大きい方の事業社で、(日本で言ったら、ぜんぜん中小サイズ。ですが。)沢山の、部署があり、ポリティクスもあるので、そのまま、センターサイドのまとめ役を、CSMとして、私が引き受けることとなった。

あらかじめ、シェフが、社長室 (President Office)、人事部 (Human Resorces)に、枠組みの了解を取ってくれていて、動き出しがとても良かった。

会場の提供に、最初から、Music and Sound, そして、Theatre Department, が、すぐさま協力を示してくれた。ホスピタリティーオペレーションに関わる、全ての部署(F & B, Program Service, Technical Service, Building and Ground, Custodial, Security+Safety Department) と、Jくんが貢献していた、Sally Borden Building。。。と、細かいことの連絡調整と事前準備を仕上げていった。。

もともと、私のCSMという仕事は、一つ一つの担当会議や、イベント、フェスティバルにからみ、こういう、コーディネートをする専門屋ってこともあったけど、今回は、本当に、びっくりするほど、関わってくれた全ての部署の、マネージャーとスーパーバイザーの、心を感じる、暖かい協力が、あっと言う間に集まった。。 

Jくんと、Jちゃんの、人柄、人格、命の暖かさの象徴だなぁ。。。と、心から感じた。

(そして、手前味噌だけど、センターのスタッフみんな最高~~。。って思っちゃいました。) 

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6月3日、金曜日に行われた、YMTの、DirectorのNさんが、スタッフの人たち、そして近しい友人の方々と伴に、ご遺族のために、アレンジして、準備して、こぎつけた、このJくんの、メモリアルサービスは、心温まる、本当にステキな会でした。。 

Jくんの、仲間だった人たちの一人一人のスピーチ。そして、ご両親、Jちゃんが、最後まで、気丈にされたスピーチが、心に響いた。。涙が、自然に溢れ始めました。

Jくんの、親友の一人だった、Yくん。(彼は、光のサッカーメイト。。でもある人。)彼が、スピーチで、言った、”Jが、残してくれた、絆。。俺達はこれから、その絆を大事に、進んでいく。。。”という言葉が、またまた、心に響いた。

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ひとりひとりに、ひとつづつ、本当に大切な命。

Jくんの、カナダでの人生最後の式典に、縁の下で、関わらせてもらえたこと、本当に、心から感謝。しています。。 (この一週間は、Jくんのことを、ず~っと思い、考えながら、仕事をしていました。)

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当日会場には、本当に沢山の、Jくん、Jちゃんの友人達の沢山の思いが集まっていた。 
まだ、近くにいるだろう、Jくんの魂に、きっと届いている。。と信じられる気がしました。。。

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Jくんのご冥福と、ご家族、Jちゃんが、前を向いて日々をあゆみ、つながる全ての親族、友人、同僚が、Yくんも言っていた、暖かく、固い『絆』を大切に、一緒に笑顔で、この大地を踏みしめ、日々を歩めることを、心から、願い、お祈りしています。 

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そして。。。。

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翌4日、土曜日は、大多和亭の光シェフに、日頃の感謝を。。って、仲間が、私達夫婦を、由美子さん宅に集まっての、ポットラックディナーに、招待してくれました。 (どっちでも、良い思いしてるのは、私だけ。。。!?)

Jくん、Jちゃん達の話もしました。その場にいた、全員が、やっぱり、関わりも、思い出も、つながりも、なんらかの形で、ありました。

人は旅立つ時、沢山の人に思い出され、沢山の思い出を語られる事。。が、また、もう一つの弔いと供養にもなるんじゃないかなぁ。。って、しみじみ感じたりもしました。

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そして、宴は、さんざん盛り上がり、翌日仕事の人がいなかったのもあるけど、1時過ぎまで、おしゃべりは弾み、また、私の小さな、つながりと絆の、成長。。。も、感じた夜。。。。。になりました。

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一緒に、未来に向いましょう。。
きっと、沢山の絆が、みんなを、そして、ひとりひとりを支え、導いてくれる。。。。 

(今日の記事は、心を込めて、時間をかけて書きました。。いつもの8分コースじゃないよぉぉぉ。)

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以下、写真は、土曜日の宴。。より。抜粋。 

(カメラ忘れてた私。なぜか、今日に限ってカメラ持ってきてた仲ちゃん。彼女のカメラより、写真を頂きました。)
ポットラックで品数一杯。。。
みなさん、美味しい夕食、ありがとうございました。

こちらの、かぼちゃは、見た目、貫禄。
ふ~っくら柔らかくて、中の詰め物も、
美味~。でした。

由美子さん、二週連続週末に、飲み食いさせて
頂いている私。。。感謝~。

本日のオールスターでした。 

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