失礼します。
3月11日以降、日本のことをトピックにした記事、しばらく書いて、そして、しばらく離れていました。
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これから、私たち日本人、そして、世界は、日本とどう向き合って、付き合って、ひとりひとり生きていくんだろう。。
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そんな思いは、記事を書かない日が続いても、あの日以降、心から消えることはない。
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野生動物だったら、命の危機を察知したら、多分、生きる場を変え始めるだろう。
(残念ながら、日本の人は、それが、あんまり得意ではない。)
狩猟民族だった北米人は、この間のハリケーンの時、数十万人の人間が、NY州を初め、いくつもの州から、大渋滞を作りながら、住む場所を、後腐れなく、とっとと離れ、一時遠くまで、去った。。和歌山の人が、北海道へ避難するくらいの距離移動があったかもしれない。
公共交通機関も、全部シャットダウンしたんだから、大掛かりだ。TVで、その避難の状況が、写ったのを見たとき、私の心に、浮かんだ言葉は、『この人たち、あっさりしてるなぁ。。』って感じだった。
でも、それだって、逃げる場所が、地続きで、沢山あるから、出来た業だ。
今後、今回と同じ規模、あるいは、それより大型の台風が何発も来たとして、日本人は、北朝鮮へは、避難はできないだろう。。。(小さな島国の、物理的限界?? 心的限界??によって? 万が一、韓国、北朝鮮と、最高に、友好的な関係が、存在していたとしても、日本人の気質的に、他国にたよってまで。。と思うのかもしれないし。)
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放射能の恐怖が、それを語る色んな人が述べている意見のうち、チェルノブイリより最悪で、今後何百万の人がこのことをきっかけに、命を落とす。。という、一番ネガティブな想定が、もし、本当に起こることだと、断言できる人(は、絶対にいないんだけど、)が、仮にいたとしたら、日本人はどうするんだろう。
国に、永住先をそれぞれに決めてもらって、国外脱出を国策にするんだろうか?
そうだとしても、今だ、その暗黒の活動を終えていない、傷ついてしまった、福島のリアクター達を、未来永劫、おさめ、片付け、使用済み、あるいは、不具となった燃料を、危なくない形で、管理、保管、存在しつづけさせる。。を見守る番人を置き続けなくてはいけない。。そのために、核の知識専門家の数、技術師の数は減らすこともできないし、さらに、教育し続けなくてはいけない。
もし、これから起こる事実、現実が、『これくらいの放射能では、一生の中で、ガンを発生させる率が、あがるのは、せいぜい、50%。 それなら、ならない、50%に、残る努力をする。必要のない、不安やストレスを抱え込まずに、明るく生きること。私たちは、大丈夫。。』の意見が、正しかったとしたら、ストレス、不安、恐怖を、どう、払拭するべきなのか、そして、その方法論は、ちゃんとあるんだろうか。??
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そもそも、スピリチュアルな精神論、そして、心から、深くて、偉大なる神や叡智に対しての信仰心、そして、人間として、どうありどう生きるべきかの哲学を、敗戦以降、失ったのに、再構築してこなかった日本人には、とてつもなく大きな課題と、チャレンジが、このあと、それこそ目に見えない津波のように、襲ってくるだろう。 きっと、放射能問題が、連れてくる、課題、問題、人々に提示しつづけるチャレンジが、この先の日本人の、あり方、信念、そして、人種として持つ固有の文化すら、左右し続けるんだろう。
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先週、とあるカナダ人の同僚と、こんな話になった。
『今、カナダでは、日本の状況が、まったく、公的情報としては、一般市民には、入って来てない。。。日本の状況、わかるの?』
『インターネットや、ケーブルTVで、NEWSや、人々の反応は、私はつかめているけど。。。』
そう言う自分を、客観的に考えてみた。情報はあっても、日本人の今後への信念、誇り、哲学。。。って、見えてきてないし、言っている人によって、てんで、ばらばら。。。だなぁ。。と思った。
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とにかく、アインシュタインが、核廃絶を訴えて悲しみの中、この世を旅立ったという、意味に、立ち返ろう。。人類が、核を持ってしまったという事実は、まだ、現時点の人類の叡智と、物理的、技術的、倫理的レベルにおける、われわれ人類の限界。。から鑑みると、『冒涜』の域での、出来事だった。
全ての人類は、このわれらが奇跡、『母なる地球』への冒涜なる、技術を、便利という快楽さを追うという、言い訳の元、増やし展開してきてしまった。 自民党だの、民主党だの政党のせいではなく、全ての人類の、過ちだったのだ。
それに、本質的に気づいている人と、便利、快楽、経済発展、国際社会での地位。。の今まで - というより、311以前のすでに、幻なる過去の - レベルを固持。。という立場で、本質を見ようとしていない人達との間の、心的葛藤と、その全く対極なる二つの立場と、思いと、発想と、描きの、すり合わせが、日本人のこれからの課題だ。
お互いを、叩き潰して、己の立場こそが正しい、、と、端的な、勝ち負け、善悪を、勝負する発想では、きっと、日本の未来は、明るい方へは、転がらない。 転がりません。
あえて、断言させていただきます。
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かやの外から、失礼しました。