2010年1月12日火曜日

バンクーバーオリンピック! 

オリンピックに向けて、カウントダウンのムードが、まもなく、過熱し始めそう。
あと一週間ほどで、聖火も、バンフを通りますね。 (1月20日。セントラルパークで、夕方セレモニーも有るみたい。。)

それぞれが、応援したい国、人、種目。。あるんだろうと思うんですが、今日は、私が一番心の底から、応援したい (している) 人のことを書きます。

彼女の名前は、大日方 邦子。(おびなた くにこ) 日本の、パラリンピックのチェアスキーの一人者です。 (いちにんしゃ。。って読んで~。ひとりものじゃないで~。) 

http://prw.kyodonews.jp/open/release.do?r=200909074715

http://obinata-ski.com/2007/09/paralympics.php

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私は、高校卒業の際、大学に落ちて (っていったって、現役の時、強気で、早稲田と慶応と、上智しか、受けて無いんですが。。) 父親に、『ばかは、ばかを受け入れてくれる大学へ、おとなしく行け!』と、言われたのに反発して、(って、私が通っていた高校は、別名!?4年生の高校と言われていて、現役で、大学にいける奴は、ちゃんとまじめに受験勉強してた頭の良い奴か、ラッキーで、(おっと、失礼、個人の努力の賜物。。で。。)たくさんの学生が、4年目。。ってことで、代々木ゼミナールに進級!?していた。 たいした、進路指導も、受験対策授業もしない、変な県立の進学校でした。(歴史的には、神奈川一中、一高ですから、まともなはずなんだけど~。どうも、合唱祭に、球技大会に文化祭に、燃える、お祭り高校でしたぁ。楽しかったけど。) 母親が、大学進学を、応援してくれていたので、その気持ちに、ちょっと甘えて、『じゃあ、迷惑かけないように、自宅浪人します!』と、宣言し、1年、宅浪を、していました。

その時、高校の同級生だった一人が、突然、わが家に電話してきて、『1年も、家にこもってたら、変になっちゃうよ~。 水泳と子供が好きなんだから、YMCAで、水泳指導のリーダーでもすれば~?。 理事の人には、話通してあげるから~。』 って、紹介されて、週2回、横浜の中央YMCA (横浜スタジアムのまん前)で、水泳指導を始めました。 結局、18歳から、大学卒業まで、丸々5年、Yには、お世話になっていました。

ここでの時間でも、色々学び、たくさん、いいこと、苦しい事、楽しい事、あったのですが、それは、また、別の機会においおい書くとして。。。。(カナダに来る、最初の最初のきっかけも、YMCAでした。)

中学、高校、と、水泳部だったので、泳ぎは、得意だったけど、『教える』環境は初めてだったし、色々戸惑いもあり、『自分が水泳が上手いからといって、イコール教えるのも上手い!と、勘違いされては困る!!!』 と、(私は、そんな勘違いはしてなかったけど、その先輩には、はじめ、そう思われていた。。。と思う。)初めから、めっちゃ厳しい(時として、意地悪この上ない!?)先輩に、いちから、(それこそ、立ち位置から、目線の配りかた、子供のレベルの捕らえ方、気持ちの支え方、おだて方、だまし方、たたき方 (手を上げてたたくんじゃなくて、鍛え方)まで、事細かく、これでもか~~~~って、まじに、しょっぱなから、叩き込まれた。 (この先輩からの教えは、何年もずっと続きました。)

日本の、YMCAは、発祥の当時から、『国民皆泳』を、モットーとしていて、もちろん、選手育成に近いようなクラスもあったけど、『全ての子供が水泳を好きになり、泳げるようになる。。』ことを目標に、当時すでに、『スイミングに通う 水泳上手の、水泳ぎらい。』な子供の問題が、ちょっと、頭をもたげていた時代に、個性的な指導をしている教室だった。

毎週日曜日には、『わかあゆクラス』という、ハンディキャップ(チャレンジ)を持つ子供たちが、通ってくるクラスがあって、そこで、私が、1年くらい、マンツーマンで担当したのが、邦子だった。

彼女は、三歳の時に、交通事故で、片足を失い、かろうじて残ったもう片足にも、大きな障害と、傷が残った。。。 彼女は、物心ついた時は、すでに、病院で暮らしていたんだそうです。

(詳しくは、彼女の本をお読みください。。チャンスがあれば、私が1冊持っていますので、お声をおかけくださいませ。)
http://obinata-ski.com/2007/09/books.php

私が彼女にあったのは、彼女が小学校2年生の時だと思う。 (1年生の途中かも。。)彼女がYMCAに、通い始めて、2人目のリーダーが、私だったと記憶している。

ちょうど、新調した義足が合わず、こすれた皮膚の赤っぽい傷が何時も完全に治らず、痛々しいのに、弱音を絶対に吐かず、当時はあんまり、笑わない子だったけど、(多分、大人の心を見通せる、大人の同情、おべっか、には、反応しない、力の持ち主だったと思う。) 水泳に打ち込む姿は、だれよりも、真剣だった。 

ロッカールームでの着替えも、手助けを呼ぶのは、ホントに全部、自分ができることを仕切って、それでも、出来ないことがあるときだけ。 先輩に、本人が出きる事には、手を出さないように。と 言われていたので、見守っている時間が多かった。 手助けを誰かに頼む時も、低学年の子供とは思えないようなしっかりした言葉で、具体的に、的確にお願いしてきた。

私が担当している間に、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、はほぼマスター (全て、上半身だけでの、泳ぎながら。。) バタフライの導入部分まで、あっという間に、身につけた。。。。『リーダーが水の中で、私にしてくれる、体の支え方が上手』と、逆にほめられたことがあったっけ。。。 とにかく、負けず嫌いの性格、利発さでは、この上なしの、少女だった。

カナダに来て何年もたってから、彼女が、高校に進学してから、スキーをはじめ、ぐんぐん頭角を現し、いくつもの大会で、活躍。。。スキージャーナルにも、記事を書き。。と、目覚しい活躍を知った。(でも、あの、負けず嫌いの、賢い、強い、邦子だもんな。。わかるなあ。。とも思いつつ。。)

昔、バンフセンターの仕事で、お世話していた大阪の中学生が、スキー修学旅行で、ロッキーに来ていた頃、一回、足の不自由な女の子が一人いて、レイクルイーズスキー場で、チェアスキーのレッスンを特別に、アレンジしたことがあったんだけど、その時、NHKに、勤めていた邦子に、一度だけ、メールを送ったことがある。 りちぎに、返信をくれた邦子。 なんと、私のことを覚えている。。って書いてあった。。。

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私は、教える立場にありながら、小さな、小学生だった彼女から、曇りのない、力強い目の輝きや、言葉では表しつくせない、前向きな、パワーや、たくさんのエネルギーをぶつけられ、何かを学んだんです。。。。。。 

トリノの時も、遠くから、かげながら、応援していましたょ。。。(TVの放映とか、あんまりないですもんね。。)

今回も、バンクーバーに向けて、カウントダウンで、練習や、調整に忙しいであろう、邦子。
あの時のあなたのリーダーは、カナダで、おばさんになったけど、心はあの時のまま、あなたを見守り、かげながら応援しますょ。。。。

たぶん、パラリンピックの選手団の中では、大親分的、大姉御的存在になっていることは、間違いなし。 回りの、選手や、コーチ、スタッフの人たちと、また、人生のページにくっきり、刻まれる時間を過ごすんだろうな。。。風邪や、怪我のないように。。。。。 そして、全て出し切った後に、輝くメダルっていう、ご褒美が、ついて来たら最高だろうなぁ。。。。。。。(彼女のWeb Siteで見る限りは、かなり狙っている風。。。。)

またまた何かの縁で、この私のブログの文字を目にしてしまった皆さんも、ぜひ、応援の心の声、飛ばしてあげてくださ~い。オリンピックは、3月12日から、21日のパラリンピックが終わるまで、続きます~~~。

6 件のコメント:

ジョ~ さんのコメント...

小粒さん、小粒さん!
今日読んでて面白いもの発見しました!
″マイ ブログ リスト”の、カナディアンロッキーねいちゃー紀行の下に書いてある、最後にアップデートされた日を見てみてください!
1970年にはもうブログを始めてたって言うことですよね?
う~ん、田○さんおそるべし…。

小粒~。 さんのコメント...

そうなのよ~。私も、いったい、何のギャグ!????と思って、ねーちゃー氏には、別途メールしたんだけど、本人、まだよく分かって無いみたい。。。。。和田氏の、カナダの森で!。の、ブログリストも、40年前で、出てるんだよ~~~~~~。何でしょ?? ちょっと笑えるよね。

小粒~。 さんのコメント...

お~。なおってるぅ。。。100年前とかの設定も、できるのかな??? (何か、どうなってたんだかは、不明ですが。。)

あっぱれ さんのコメント...

皆様の会話からはそれますが・・・フレー!フレー!大日方邦子さん!パラリンピックを思いっきり楽しんで頂きたいですね!応援しています。

(しかしなぜフレーと言うのでしょうかね?) 

筆不精 さんのコメント...

大日方さんには会ったことありますよ。4年前、トリノで金メダル取った後でした。神奈川県知事と横浜ラポールの人(パラリンピックサッカー日本代表コーチ)との座談会。コーディネートと取材をしました。終了後、県庁ちかくで食事もご一緒しました(YMCAの近くです)。著書「壁なんて破れる」もその時に頂いて、まだ手元にあったので改めて読んでみました。すると…、YMCAで邦子さんが泳いでる写真があって、彼女を水中で支えてるコーチが。この人ってもしや、ええーっ?まさか、でもたぶん…。

Meiko さんのコメント...

>あっぱれ~さんへ。ありがと!。一緒に応援しましょ~。

>筆不精さま。さすが!新聞社勤め。また、Vancouverの後に、会うチャンスがあったら、ぜひ、よろしくお伝えくださいませ。あの本の写真は、もしかしたら私、もしかしたら、私の友達。 (カルガリー在住の、Yukaちゃん。彼女は、私のY 時代からの、友達。Yukaちゃんも、邦子を担当してたときがありました。実は、その頃の私たちは、背格好が似ていて、<今は、大違いですが> 私にも、Yukaちゃん本人にも、Yukaの、だんな様の、Hiroちゃん(彼も、Yリーダーでした)にも、あの写真の真相が、解明ができません。。でも、たぶん、Yukaちゃんかなああ。。)