菅さんの、日本語表現に、疑問。
『今回は、多大なご迷惑をおかけしました。』
って、彼が誰に、何の迷惑を、どうかけたのか、聞いている私は分からない。
なんでも、かんでも、謝るのは、情けなさ過ぎる。
自分が間違えたら、謝るのは当然だけど、政治家に、権力者に、経営者に、肩書きの大きな人が、闇雲に、謝っていると、そのうち、国民は、自分の性格の悪さから、お小遣いの足りなさから、能力不足から、おつむの回転の悪さまで、多分、全て国に、責任を取れと言い出すんじゃないかと思ってしまう。
地震も、津波も天災。 想定外と言うけれど、全てが想定できた上で、生活している人がこの世に、一人でも、居るんでしょうか???
原発を推し進めてきたのは、彼一人ではなく、アインシュタインの、核絶滅運動の本質に、耳を傾けなかったのは、おろかな、便利と利益の推進派軍団と、無知だった、私たち大衆だ。
『原発の地下に水を通さない岩盤があることが分かった。』
って、菅さんが調べたわけじゃない。
『どこの、だれが、どういう調査をして、これこれ、何がしという結果が報告された。』と、表現するのが正しいだろう。
NHKのアナウンサーは、平然と、淡々とした朗読調で、『小学校の汚染された校庭の土の表面を削る作業が進んでおり、削り取った土は、汚染処理を施し、自治体の了承を得て、埋め立てされる。』
埋め立て????どこに????? どの自治体が、どこに、承認するんだろう。 それに、汚染処理って何?
カナダのニュースキャスターだったら、報告の後に、個人的感想を添えて、自由奔放に、喋ったりする。『こんな事、ホントに出来ると思う??』くらい、平気で、言うだろう。
『政府が責任を持って、XXXXを、保証する。』って、
政府って、お金の使い道の流れ方、分配は、法律で、枠組み作れるけど、でも、もともとのお金は、ほとんど、人々(個人、及び、企業)から、集める(集めて備蓄してきた)税金でしょ。
政府が、責任を持って、保証するだけの、お金を、国民から、集めます。。と、安易に言っているようにしか聞こえない私は、ねじれているのだろうか。
相変らず、ちーさなスケールと、派閥の中で、くだらない、足の引っ張り合いをしている政治家。
被災地からの映像は、ちっとも、片付いているようには見えない。
むかし昔、カナダの首相だった、クレチェンが、カナダの経済を盛り上げるべく、先頭を切り、己を含めて、議員報酬を、大きくカットしたことが、あった。
カナダは、一時期消費税7%になったが、現在は、状況の好転を見極めた時点で、5%に、引き下げられた状態が続いている。
そろそろ、日本の全ての政治家、議員、つまりは、国民の、一票を頂いて、お仕事を頂戴している全ての、労働者は、最低賃金で、働くべき時がきた。 彼らの邸宅は、避難民に提供し、自らに、率先して、仮設に住んでいただきたい。 ラップトップと、携帯電話と、通信機器があれば、仕事は、仮設住宅基点からでも、十分できるだろう。
そうしたら、ボランティア精神と、本当に、政治をしたい人だけが、残るんじゃないですか????
昔、ガイドだった時代、東京競馬の、馬券売りのおばちゃんたちのツアーをしたとき、空港で、どこかの、議員軍団と、一緒になった。 ひとりの威勢の良いおばちゃんが、響き渡る声で、言った。
『私は、議員が大嫌い。なんで、みな、先生と、呼ぶんだろう。 私たちの一票で、おまんま食っているんだから、私たちを先生と、呼んで、私たちに頭を下げるべきだぁ~~。』って。
ごもっとも。なんで、国民にへつらって、頭を下げ、お願いしまくり、『よろしく』ばかりで、具体的政策も、描きも語らずに、一票もらい、当選した瞬間に、踏ん反りかえるのかは、私にも、到底理解不能。
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遠くから、日本を見ていると、相変らず、日々、心がざわついて、とにかく落ち着かない。
ミクロのレベルでは、大地に根付いた人たちの、地元での、沢山の努力が、復興の小さな形に、あちこちで、なっているはず。でも、それが、マクロに、集約されていない。
国全体としたら、悪化しているようにしか、見受けられないのが、悲しい。
農業、漁業の大打撃、原発の相変らずの、汚染の(空気、水)の放散と垂れ流し。。。
アメリカ車の生産すらも、部品の供給ストップで、生産ラインが、衰えを見せはじめている。
これから、世界中で、さらに、色んな影響が、次々と明るみに、出てくる。
以前の、ブログでも、紹介したけど、太平洋を、渡る、がれきの島が、もう、1年以内には、ハワイ周辺まで、到達してしまうそうだ。。 その数年後は、アメリカの西海岸が、がれきのゴミだらけに、なるらしい。
(ハワイで、遊びたい人は、今のうち。。。)
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復興計画で、巨大な防波堤のデザインを考える前に、がれきの撤去と、リサイクルの、業者の派遣を。 そこで、大量の、労働力が必要とされる。 国営事業にしたって良い。
がれきの撤去。高台の、住宅地造成。そして、仮設ではなく、新しい町を一気に、作った方が良い。
(それまでは、被災者は、仮設じゃなくて、今既にある、建物、ホームステイ、宿泊地で、その地の仕事に、しばし携わる。仮設は、その町の復興事業に当たる、事業者、今、目の前の仕事のある、労働者だけの、宿泊場所として、最低限の数にしたほうが、良い。。と、私は 強く、思うんだけどなぁ。。。)
なぜって。。。町の復興再建、新しい、町の姿まで、一気に描かないと、今の、甘い、将来の見通しと、今の甘い、弱よわの、リーダーシップと、国運営のリミテーションの中では、たぶん、やっとこさ、十分に足りる仮設が立ち、仮設に、被災者達が、収まったら、一旦息切れしてしまい、そのまま将来、80%以上の人は、仮設住宅で、暮らし続ける、一生涯を過すことになるように、思われるんです。。(そんな絵が浮かぶ。。。そして、東北人は、我慢強く、文句も言わないのかもしれない。。と思うと、余計に悲しい。)
日本、まじ、真剣に、被災していない全ての人と、頭脳と、全ての個人の懐の金銭と、ボランティアでの無償の労働力を、最大限に巻き込んで、現実に、目、かっぽじって、向かい合い、見極めないと、やばいです。